
リヴ:ベルイマン監督は信念をもっていますが、彼はその信念ゆえに苦しんでもいます。神は人間の都合で作られたもので、本当の<神聖な力>は音楽か何かに宿っているのかもしれない、と思っているようです。彼は神をとても身近に感じているのですが、でもそれを表そうとはしません。彼が書いた『Private Confessions(未)』という脚本を私が監督して映画にしましたが、その映画は神と人間についていろいろ探求する映画でした。私は「どうしてこの映画を私に監督させるの?」と彼に聞きました。すると彼は「君は信仰しているからね」と答えました。私は『Private Confessions』の脚本に書かれた以上に、神の存在について深く掘り下げたいと思いました。とても重要なものを扱っているのがわかったからです。ベルイマン監督が私に『Private Confessions』と『不実の愛、かくも燃え』を監督させた理由というのは、今の2番目の質問に関わることだと思います。イングマール・ベルイマンが私にこの2つの映画を監督するように依頼した理由は、恐らく彼が触れたくないものを私が触れようとするからだと思います。今、“彼が触れたくないもの”は『サラバンド』を観ても明らかですよね。<神と信仰>とか<子供>です。『不実の愛、かくも燃え』の脚本には<子供>は影も形もなかったのですが、私が付け加えました。イングマールは反対しましたが、子供が出ないように書き直せ、とは言いませんでした。彼は「何で子供なんか入れるんだ」と聞きました。でも私は思うのです。きっと彼は<子供>を入れたくないわけではないのです。ただ、彼が書くと子供がうまく入らないんですね。だから彼は私に監督させたんでしょう。私たちが共同作業をする上で一番素晴らしいことは、それが監督と役者の関係でも、脚本家と監督の関係でも、私たちはお互いを知り尽くしているので、どちらかに「言いたいけど言いづらいこと」があると、もう一方に言わせられる、ということでしょうね。私たちの関係の素晴らしいところです。
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